ふ久は子供部屋で横になって、体操着のまま、泣いていた。

台所では、め以子が両手に包丁を握り、唇をかみしめ、不機嫌とも、今にも泣き出しそうとも思える顔で、夕食用のアジのたたきをダンダンと調理中。

板の間に泰介と友人達、活男が円卓にて、かりんとうらしきおやつをポリポリつまんでいる。「何かあったん?」と気にする泰介。おやつをつまみながら、「おやつくれ、言うたら、『うるさい』って。」と、自分が怒られたことだけを話す活男。たたきを作りながら、脳裏には村上先生が言った『火ぃつける子なんて、僕ら聞いた事ないんです。』多江が言った『あの子…ちょっと普通やないんと違う?』と、ふ久の行動を普通ではないとする人々の言葉がよぎり、ますます唇をかみしめ、やるせない思いをあじのたたきにぶつけるように、ダンダンと包丁をたたきつけるめ以子。

 

その頃、地下鉄工事の現場。夕方になり、作業終了。「いつもすいませんな。」「頑張りましょう。」「是非今度、工事が終わったら一杯やりましょう。」「終わったらと言わず今晩いきましょか?」「今晩はちょっと・・・」等という声がとぶ。坑道脇の休憩所で土木担当の石川と職人達が仕事を終えて一服しながら、和気あいあいと雑談に興じている。ある職人が吸い殻を地面に投げ捨て、足でこすりつけ火を消した。悠太郎は「あの・・・・あの、そこら辺に捨てるのは、やめてもらえますか?木材も多いですから。」と、注意する。石川は「ちゃんと消しとるやろ。」と、悠太郎に文句を付ける。悠太郎は「いや、もしもって事がありますから。」と、ぼそっと言う。石川は「あんな、みんな防水の為に、こっち、出張って来てくれてんのやで。」と、気の合わない悠太郎に食ってかかる。悠太郎は「それとこれとは、別の問題やと思いますけど。」と、譲らない。「なんやと!」と石川が立ち上がり、悠太郎とまずいことになりそうな気配に、職人の一人が慌てて「ああ~!どうも、どうも。すんませんでした。」と、悠太郎に頭を下げ、吸い殻をきちんと始末した。「よろしゅう頼みますね。」と、悠太郎は疲れ切った声で声をかけた。

 

帰宅し、台所でコップに水を汲むと、板の間の上がり口に正座しため以子から話しかけられ、土間にて背広姿で立ったまま、コップをベルトの位置に両手で抱え、ふ久がやらかした事を聞かされる悠太郎。板の間の円卓では、ラジオの仕事を終え、悠太郎より少し早く帰宅した希子が食事中。「ふ久が・・・今日、学校で、火ぃつけて・・・。」と、話し出すめ以子。「火ぃ?」と、驚く悠太郎。「何や、『煙が見たかってん』、て。・・・で、いろんなもん、燃やして。・・・で、学校はちょっとその、対応考えるって。」言いづらそうに話す、め以子。悠太郎は、「昨日は石で、今日は火ぃですか。」と、ため息。め以子は「ホントに…ねえ。何考えてるんだか。」と、ひきつった顔で苦笑いをしながら、話す。悠太郎は「あれからちゃんと、ふ久に話聞いたんですか?」と、尋ねる。め以子は「…え? あ~。話す前に、こうなってもうて。」と、ばつが悪そう。悠太郎は声を荒げ、「何やってるんですか! あなた母親でしょう?きちんと話聞いて、ちゃんとふ久の気持ち理解してやらんと。可哀相やし、躾もでけんでしょう。」と、め以子を叱る。希子が箸を置き、め以子の方に近づき、「あ…、お兄ちゃんそれ、ちょっと言い過ぎと違うかな?」と、なだめる。め以子は、立ち上がり、泣き出しそうになりながら、「じゃぁあ、悠太郎さんやってくれる? 悠太郎さんだって親なんだから、ふ久の話聞いてやってよ。躾てやってよ!」と、興奮気味に言う。悠太郎は、不機嫌そうに「何怒ってるんですか?」と、聞く。二階の寝室で寝ていた静・正蔵が下の騒ぎで目を覚ます。め以子は「私バカだから。ふ久の事全くわかんないんだから。悠太郎さん賢いんだから。ふ久の事は、悠太郎さんやってくれるかな? 全然いないくせに、何も知らないくせに、こんな時だけ、父親面しないでよ!」と、日頃の不満もついでにぶちまける。悠太郎は「ほなあなた、僕の代りに働いてくれますか?(コップをドンと流しに置く)どうにもこうにも言う事聞いてくれん水相手に、 知恵絞ってくれますか? 疲れ切ったおっさん相手に、言いとうもない事くどくど言うてくれますか?」二人のやりとりを聞きながら、額に手を当てていた希子が「お兄ちゃん、話ずれてる。」と、呆れながら口を挟む。悠太郎が「あなたの相手は子どもやないですか。しかも、かい(可愛い)らしい実の子ぉやないですか。何を甘えた事言うてはるんですか。」と、責めるように言う。め以子は涙声になりながら、「普通じゃないから…。やっていい事と、悪い事がわからないの。」その時、階段に静と正蔵の姿が。

め以子は話続ける。「普通の人が、自然とわかる事がわからないの。学校行けなくなって困るとか淋しいとかそういう事も思わないの! そういう子、どうやって育てたらいいか、私わかんないの! あの子は…。」階段に足音が。希子が「ちい姉ちゃん。」と話しかけるが、め以子は興奮したまま、「あの子は…」と話し続けようとする。希子が大きな声で「ちい姉ちゃん!」と話を止めさせようと、呼びかけた時、「世界一のべっぴんや!」と、静が大きな声で叫ぶ。振り返るめ以子。階段に泣きそうな顔の静、最後に階段に降りてきたふ久の耳に、夫婦のいさかいを聞かせぬよう、必死で孫娘の両耳を手でふさいでいる正蔵の姿が。静は優しく「もう、お母ちゃんら、やかましなあ。なっ、今日は、おばあちゃんらと寝よか? なっ。」と、笑顔でふ久に語りかける。正蔵も「ほやな。」と優しく同意。静が「なっ、そうしよう。」と、二階へと促す。正蔵は「寝よう寝よう。早く寝よう。頭気ぃつけや~。」とふ久を連れ、寝室へ戻って行った。しゃがみ込み、両手で顔を覆い、泣き出すめ以子。

静達の部屋、ふ久を真ん中に、孫娘を見つめる二人。静が「♪ねんねころいち 天満の市で♪」と子守歌を聴かせてやっている。すでに、ふ久はすやすやと眠りについている。指でほっぺをつんとして、「かい(可愛い)らしいなあ。」と、微笑む静。正蔵が「お静。あんた、気にならへんのんか?」と、聞く。静は「うちな、もう、この子、見てるだけでええねん。何やってもかい(可愛い)らしいて、かい(可愛い)らしいて。」と、にこにこしながら、ふ久の寝顔を見つめる。正蔵が「ばあさんやなあ。」と冷やかす。静は「じいさんに言われとうないわ。」と返す。正蔵は「フフフフフ。」と、孫娘を優しく見つめる。

寝間着姿で、子供部屋に現れ、活男の側の掛け布団を整えてやり、ふ久の布団に横たわるめ以子。活男と同じ布団で寝ている泰介が目を覚まし、「お母ちゃん。」と声をかける。め以子が「あ…ごめん。起こした?」と言うと、泰介は「僕、お姉ちゃんの事、好きやで。変わってて、おもろい。」と、にっこり。め以子は「お母ちゃんも、そう思おうかな。おやすみ。」と、目をウルウルさせながら微笑んだ。泰介は行儀良く「おやすみなさい。」と言ってまた眠りについた。

 

その頃、悠太郎は寝室でめ以子の昭和7年の料理ノオトを手にとり、中に目を通していた。毎日の献立の脇に、その日ふ久が残した物やよく食べた物のメモが記されている。ため息をつく悠太郎。

 

翌朝、台所で朝食の支度をしているめ以子の隣に立ち、棚からコップを手に取りながら、悠太郎は「おはようございます。」と、挨拶。め以子も「おはようございます。」と、作業しながら挨拶を交わす。どこかぎこちない二人。板の間の自分の定位置に腰掛け、新聞を広げ、二人の様子をちらちら気にする正蔵。悠太郎が「今日は早う、戻ってくるから。」と、ぼそり。め以子は「かい(可愛い)らしい実の娘ですから、私がやりますよ。」と、返事。悠太郎が「ええんですか?」と、コップに水を汲みながら確認。め以子は「水の相手も、おっさん相手に小言言うのも、私には出来ませんから。」と言うと、悠太郎は「できれば早う、戻ってきますから。」と、もう一度言って水を飲んだ。め以子は「期待せずに待っときます。」と答える。箱階段を、静とふ久が降りてくる。め以子がにこやかに「おはようさん。ふ久。」と挨拶。ふ久も「おはよう。」と挨拶を返す。

 

希子・悠太郎は食事を終えそれぞれ職場へ。泰介と泰介よりも更にもたもたとふ久がまだ円卓で食事をしている。すでに食べ終えた活男が、「え~! 昼! ご飯連れてってくれんの?」と静と正蔵の間に割って入り、大はしゃぎ。静がにっこりと「うん。おじいちゃんとおばあちゃんと行こな。百貨店の大食堂。」学校に行かなければならない泰介が「ええなあ。」と、つぶやき、朝ご飯を食べ終えた。活男は「わ~! 百貨店! うれしい~!」と、仏間をぐるぐる走り回る。ふ久はそんな騒ぎを気にせず、首をかしげながらゆっくり御飯を食べている。め以子は「あの~。ええんですか?」と、泰介が下げてきた食器を受け取りながら聞く。正蔵が「えっ?」と聞き返す。め以子はもう一度「ええんですか?」と、確認。正蔵は食べ終えた食器をめ以子に渡しながら「ああ、ええ、ええ。今日は、ふ久とゆっくりお過ごし。」と、め以子に話す。「あ…。」と器を受け取りながらつぶやくめ以子。

台所でめ以子の横に並び、沸騰して湯気が出ているやかんをじ-っと不思議そうに見つめる、ふ久。め以子が「どないしたん?」と、声をかける。ふ久は「何で揺れてるん?」と尋ねる。め以子は洗った食器を拭きながら「うん? お湯が沸いてるからや。」と答える。ふ久は「何でお湯が沸いたら揺れるん?」と、質問。め以子は「え~、水が…湯気になって?」と悩みながら答える。ふ久は、更に「何で湯気んなったら揺れるん?」と質問。め以子は「えっ? え…湯気になったら、水が…膨らむんやったかな?」と、自分の知恵の限界に気づき、困っていると、人影が目に。「 あっ、ああ、お父さん。お父さん! あの、ちょっと、教えて頂きたいんですけど。水って、膨らむんでしたっけ?」と、丁度玄関にいた正蔵達を呼び止める。正蔵が「えっ?」と、突然の質問に戸惑う。め以子は「いや、あの…ふ久が、何でやかんの蓋は揺れるんやって。もう私、説明が…もう。」と説明。正蔵はそれを聞き「うん?」と、何かに気づく。め以子は訳が分からず「うん?」とオウム返し。正蔵は「石。(指先を下へ向ける。)煙。(指先を上に向ける。)め以子は、「どないしたんですか?」と、尋ねる。正蔵は「お静悪いけど今日、かっちゃんと2人だけで行ってくれへんか?」と、頼む。静は「ええけど。」と答える。正蔵は「かっちゃん、すまんな。また今度や。」と、謝り、家に残ることに。

円卓に鍋敷きの上にやかん。湯飲み。
正蔵はやかんの絵を描いて、それに描き加えながら、ふ久の質問に答えている。「お湯になったら、こっからあったか~い湯気が出てくるなあ。この湯気は、水よりも軽いやろ?…で、軽うてあったかいさかいに、この、上へ上がろう、上へ上がろうとしよんのやな。で、上へ上がろうとするさかいに、この蓋をほれ、ふ~っと持ち上げるんやけれども、蓋のほうは落ちよるん。」ふ久は「蓋、何で落ちようとするの?」と尋ねる。正蔵は絵に書き記しながら「え~、下へ~下へ、下へという、こういう力が、働きよんねん、蓋に。」と説明。ふ久が「力?」と、きょとんとする。正蔵は「うん。落ちひんかったもん、なかったやろ。ほれ、こうやって、(鉛筆を落として見せる)ふ久。え? 色々、試したと思うけど。」一緒に板の間で聞いているめ以子は「…試した?」と眉間にしわを寄せる。ふ久が「上に行く力と、下に行く力…。」と、つぶやく。正蔵は「そやそや。あのな、もう、この辺にはもう、いろんな力が、上に行く、下に行くやらがあって、引っ張り合うたりぶつかったりして。ほんで、まっ、この力は目には見えへんのやで。」と教える。ふ久が「見えへん力。」と繰り返す。正蔵は「そう。もう、いろんな力がここにあって、ほんで、ふ久はこうやってここに止まってられるんや。」と言う。ふ久は笑顔で「月が落ちてこうへんのも?」と尋ねる。正蔵が「せや!」と答えると、ふ久は笑顔で身を乗り出し「ほ、ほなな、ほな、風は何で横に吹いていけるん?」と新たな質問を投げかける。正蔵は手強い質問に「風か…。え~風はな、風はこうや。風はな、お日さんがわ~っと照ってきたらな、地べたから、ぴゅ~っとあったかい空気が上に上がっていきよんねん。上がっていきよるやろ? 上がっていきよったらな、この間に隙間が出来んのやろ。その隙間に、ひゅ~ひゅ~っと入ってくるの、これが風や。ほれ~ひゅ~ひゅ~。フフフフ。」と手で風を表現しながら説明。

百貨店から帰ってきて、板の間で留守中のふ久との勉強のやりとりを聞く静。ふ久は台所で水を張った桶にサツマイモ・なす・里芋・玉ねぎ・塩ひとつまみ・唐辛子などをぽちゃっと落とし、浮いてきた野菜を指先でツンツン。(次は浮力に興味?)
静は「はあ~ふ久はそんな事考えとったんかいな。」と、感心する。正蔵は「力というもんの不思議を考えとったんやなあ。」と、しみじみ。め以子は「私には、想像もつかないです。悠太郎さんの血ぃですかねえ。」とつぶやき、茶を飲むめ以子と静。正蔵は「どやろか? けど、おもろい目を持った子やなあ。見えんもんを見ようとしてる。」め以子は「ふ久には、どんな風に見えてるんでしょうねえ? この世の中。」と、台所のふ久を見る。正蔵も「なあ。」とニコニコ。め以子の頭に東京で悠太郎と台所で勉強したことがよぎる。【回想シーン:悠太郎が『料理は科学です。』と話す。しそを使って、しそジュースを作る、め以子が『お酢の酸性に色素が反応して、赤くなったんですよね?』と確認。悠太郎が『はい。アントシアニンという色素です。』】

め以子は「台どこは、実験室か。あっ、お父さん。時々でええんで、ふ久の実験につきおうてやってくれますか?」と、お願いする。正蔵は「こんな、カビが生えたような頭でもええんかいな。ハハハハ。」と笑う。頷くめ以子。台所ではふ久が、なすを手に取り、ぽちゃっとまた桶に落とし、じっと桶をつかみ、桶の中に注目。そんなふ久を穏やかな目で見守るめ以子。   ・・・・・・・明日へ続く   ※静が唄っていた子守歌は「天満の市」という歌。   ♪ねんねころいち 天満の市で
 大根そろえて 舟に積む
 舟に積んだら どこまでゆきゃる
 木津や難波の 橋の下
 橋の下には 鴎がいやる
 鴎とりたや 竹ほしや
 竹がほしけりゃ 竹やへござれ
 竹はゆらゆら 由良之助